落語入門「第一回 落語の祖と言われる人物」

本日より、「落語入門」というシリーズをはじめようと思います。

「落語入門」というと大それた題目になってしまいますが、実はブログ執筆者の一人である私はそんなに落語に詳しいわけではなく、一から勉強するつもりで…という意味で書き始めました。

落語入門は、実は私自身が入門者であるために作られた…と言った方がいいかもしれません。

第一回として、今日は落語の祖…と言われる人物について書こうと思います。





落語の祖、と言われる人物は、京都誓願寺の「安楽庵策伝」や、豊臣秀吉の茶話相手だった御伽衆の「曽呂利新左衛門」などが挙げられますが、このうち「曽呂利新左衛門」は架空の人物と言われたり、実在したが逸話は創作だと言われたり、そもそも「安楽庵策伝」と同一人物ではないかと言われたりしており、実在したかどうか定かではなく、一般的には「安楽庵策伝(あんらくあん さくでん)」が落語の祖、と言われています。

彼が京都所司代の板倉重宗に語った話をもとに作られたといわれる、「醒睡笑(せいすいしょう)」という笑話集が、こっけいな話を集めた本の元祖と言われており、これがのちの落語に大きな影響を与えました。

ちなみに醒睡笑とは、眠りが覚めるほどの笑いという意味が込められています。

また、成立年は1623年とも、1628年とも言われています。

1623年というと徳川家光が江戸幕府第三代将軍に就任した年であり、1628年は「天下の副将軍」と呼ばれる水戸のご老公、徳川光圀が生まれた年です。

まさに、落語は首都としての江戸の誕生とほぼ同じ時期に誕生した…と言ってもよろしいのではないでしょうか。





話を戻します。

安楽庵策伝は浄土宗西山深草派の僧で、兄は織田信長や柴田勝家、そして豊臣秀吉に仕えた金森長近とされています。

元々笑い話が得意で、説教にも笑いを取り入れていたらしいのですが、京都所司代(江戸時代に京都の治安維持を担った部署)の板倉重宗に依頼され、醒睡笑を取りまとめました。

つまり、落語の源流はお説教だった…ということになりますね。

彼の説教の特色は「落ち」をつけたものだったということでして、こういうところからも落語の源流を感じます。

豊臣秀吉の前でも「落ち」を付けた説教をしたと言われており、「落ち」がついた説教を豊臣秀吉はどんなふうに聞いていたのかな?なんてことにも思いをはせることが出来ますね。

同時に、彼が法主に就任した誓願寺も、落語発祥の地とされていますので、もし落語好きの方でまたおいでになられていらっしゃらない方は、足を運んでみるのも一興かもしれません。

毎年十月初旬の日曜には彼にちなんだ「策伝忌」が営まれ、追慕の法要とともに奉納落語会が開催されています。

誓願寺の住所は京都府京都市中京区新京極桜之町453(新京極通り六角下る)です。





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画像は札幌落語倶楽部を主宰なさっておられる綴家小太郎改め綴家段落さんです。

札幌の素人落語家さんや狸寄席スタッフの頼れる兄貴分でもあり、今後もますますのご活躍を期待しております。

※もし間違ったことを書いておりましたら、大変お手数ではございますがご指摘ください。早急に加筆・訂正させていただきます。

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